
空手の稽古で「言語(ことば)」の話!?
そうなんですよ。
そういう話です。
最近、うちの道場で小1と小5の道場生が見せてくれている“言語力”と“表現力”の伸びが本当にすばらしいわけです。
武道の稽古場で言語化?
と思われるかもしれませんがね。
実は稽古の最後に毎回実施しているグループミーティングという儀礼的なものがあります。
これがふと気づくと、子どもたちの成長をぐっと押し上げてくれていることに気がついたんです。
ミーティングは短い時間です。しかし、内容は結構濃い。場合によっては、声が出ていない、気合いが足りない、集中が続かないと思います!・・・そんなネガティブな指摘も特に少年少女の道場生には遠慮なく伝える場です。いや、伝えないといけない。
ただ、一方的な伝達や注意よりも私が大切にしているのが、子どもたち自身が「今日の稽古で感じたこと」を言葉にすること。
・難しかった技
・きついと感じたトレーニング
・改善したいポイント
・うまくいった動き
・できるようになったこと
そして、その理由です。こうしたことを自分の言葉で語ってもらいます。
「あたま」・「こころ」・「からだ」のリンク
で、うちの道場生はまだ小1と小5の2名なんですが、驚かされるのは、その“身体感覚の細やかさ”なんです。
「ミットの練習、軸足がぶれてたから強く蹴れなかった」
「利き手じゃない方の突きはぐー(拳)に力が入りにくい」
「足を出すときにお腹が抜けた感じがした」
「二段蹴りをする時、跳ぶ時の足に力が入ってないとうまく蹴れない気がする」
「後ろ脚で蹴って(相手の懐に入って)突きをする時の突きが弱くなるから脚(運足と体移動)を工夫したい」etc.
小学生とは思えない観察力。
手足の筋肉の使い方や姿勢、立ち方。
意識が芽生え、幼いなりに「どうすればもっと良くなるか」を自分で探している。
まさしく、あたま(認知)・こころ(感情)・からだ(身体)の三つがリンクしている証拠です。
武道の上達は身体能力だけではない。
自分の動きを認知し、感情の揺れも含めて理解し、そこに注意を向けることで、技術は一段と深まる。そんな基本を、小学生たちが自然に実践しているのです。

「ことば」の成長から推測できること
特に小5の道場生は、入門当初は控えめで、声も小さく、言葉も途切れがちでした。
しかし!
それがいまでは、堂々とした口調で「自分の身体と気持ち」を明確に語る。時に、大人の私たちが思わずうなるほど鋭い気づきを言ってくれることもあります。
そして、最近入門した小1の子は、その姿に感化されて、短期間で言語表現が驚くほど豊かに。
言葉が変わると、稽古への向き合い方まで変わります。成長の連鎖が起きているわけです。
子どもって凄いなぁ、そう思います。
子どもたちの声を聞くたびに、こちらが学びをもらっています。「この子たち、からだで感じて、あたまで整理して、こころで受け止めてるな」と。
見えない部分に成長を感じることが大切だな、と。
子どもたちの声をもとに、ラダートレーニングやステップワークなどの稽古メニューの頻度を増やしたり、マンネリを改善しようとしたりと、現場の“気づき”に基づいて、稽古の内容も変えていこうと思っています。これについては、子どもの道場生のみならず、一般や壮年の方々の声も大切ですよね。
うちの道場には、しっかりと意思表示をしてくださり、稽古を見直したり、メニューを考える際のヒントをいただける道場生が多いのでとても助かります。
すべて、「ことば」ですよね。
コミュニケーションですね。
次の稽古でもまた、小さな成長の瞬間が生まれるはず。
武道の世界には、こうした小さな、でも大切な、気をつけないと見えにくい感動が、存在しているのかもしれませんね。
道場生の皆さんに、感謝です。
押忍













